2007.08.30
集団
愛知の立てこもり事件で同じ歳の人がなくなったらしい。彼とは手を繋いで歩いて来た。だがその手は離された。減っていくしかない集団の中で歩いている事をふと思った。
07/06/12
To 100 Countries 100,000km (Next Balkan Europe)
2007.08.30
愛知の立てこもり事件で同じ歳の人がなくなったらしい。彼とは手を繋いで歩いて来た。だがその手は離された。減っていくしかない集団の中で歩いている事をふと思った。
07/06/12
2007.08.28
ケアンズから19日間かけてオーストラリア中央部を走るスチュアートハイウェイに昨日出た。一度、走った区間なので残るキロメートルバスパスを使って270kmをバスで移動してキャサリンに戻って来た。西に向けて出ていったのに東から戻って来るなんてびっくりだ。そういう事でオーストラリアを一周した道が繋がった。
サバナウェイ
ケアンズ~アサートン~ノーマントン~バークタウン~ボロルーア~スチュアートハイウェイ。日数19日、総走行距離1894km、総走行時間138時間43分間。ケアンズ郊外を出てからはひたすら孤独で寂しい道だった。かつて地球を旅立った惑星探査機ボイジャーを思っていた。毎日、毎日、何かしら出来事があって楽しかった。この道はオーストラリアで一番かもしれない。
オフロードデビュー
600km位舗装されていない道を走った。一部最悪で砂の海をかきわけて進まなければならなかった。流氷をかき分けて進む南極観測船の様だ。そしてたまに後輪が飲み込まれてこける。見事なポーズで青い空を見上げて泣きたかった。そして砂の段差が自転車を揺さぶるコルゲーション地獄。そのおかげで残っていたフォークのダボ穴欠落、フロントキャリア片枠留具部分3点全て崩壊、もう片枠も枠が折れてしまった。これだけ辛い事がありながらも、土の色の道を走る原風景は気持ち良かった。川はあるが橋なんてないから、膝下に流れる水を超えて渡る事も数回あった。
数日休んでダーウィンへ向かう。
2007.08.25

テントの中での同棲生活。
蟻、群れをなしてなければいいや。
蝿、二三匹なら仕方ない。
蛾、ろうそく炊いてれば飛び込んでくれる。
蚊、おとなしくしてくれるなら。
ここまでなら小さいから、結構、無視してそのまま一緒に寝る。
だが、タランチュラ。子供の手の位の大きさの奴が気づいたらテントに。キャサリンとブルームで侵入された。必死で追い出した。お断りだ!!!
06/08/19
2007.08.23
バロッサバレーでワイングレープのピッキングで働ていた時に、同じワーカーのインド人女性が死んだ。車が木にぶつかったらしい。重ねていたとしても30歳位だろうという彼女は、分かり合えるだろう男性と笑顔を交わしていたから悲しい。隣でも働いていて、そのレーンに居た自分でもなく、80歳を過ぎた老年の男性ではなく、彼女が選ばれた。誰も選ばれたら逃げられない。
07/03/19
2007.08.20
子供の頃は綺麗に晴れていた頭の中の硝子も、年を重ねる毎に曇ってくる。その曇りのせいで頭は憂鬱で、曇りを取りたいと磨いて磨いてみるが落ちやしない。晴れていた頃は覚えちゃいない、曇ってしまってからで届きはしない。
07/03/20
2007.08.17
ブルーシートを荷台の後方に積んでいる。追い抜く車からはこの青が見えるだろうから、もっと安全性を増すために黄色がいいだろう。黄色いブルーシートが欲しいと訳の分からない事を言っている。
07/01/28
ケアンズから700km西に進んだノーマントンに着いた。ケアンズ出て9日目、今日からオフロードに突入する。
>>ボブへ、情報見たくないなら見ないで。
アサートン、キャサリンまで多分最後のウルワース
ラベンシュアー げきざか IGA
インノット 川湯最高
ジョージタウン 人口300人、小さな街だった。
ノーマントン 5スタースーパーマーケット安し。
2007.08.15

カラッサからカナーボンまでの区間は、ただひたすら暑かった。
風が吹いているのだが、その風はアスファルトで暖めているので気持ちのいいものではない。昼は食欲がなかったが栄養を取らない訳にはいかず、大量の水と共に流し込んでいた。風の為、汗をかいている実感はなかったが一日終わると腕に顔がざらざらになっていた。汗が塩となっているのだ。
夜もテントの中では夕食も食べれずブルーシートを広げて星空を見上げていた。ロマンティックだがパンツ一丁な事を忘れずに付け加えさせてもらおう。そのまま寝床につくのだが眠れない。地面は熱を持ったまま寝苦しく夜を越える。このままじゃ暑さにやられると、朝は4時,5時に起き出し7時前からこいでいたりもした。
走行中はひたすら水を飲んでいた。水という表現は正しくなく、ぬるま湯といった方がいいだろう。だが構っていられない程に喉が乾く。昼を過ぎてからはたまらない。5km進んではボトルに手を出していた。
たまに通り過ぎる川に水があれば上着を全部濡らす。そのまま走り出すと10km位だが風が涼しい時間を演出してくれる。勿論、サイクルパンツ一丁になって泳いだりもした。魚に爪先を突っつかれたりする。
どの区間よりもハードだったが何とかカナーボンにたどり着いた。朝夕きっちり冷え込むようになり、心地のよい睡眠をとれる事を喜んだ。
06/09/29
2007.08.12
オーストラリア北西部、ホールスクリークのモーテルで働いていた時に23歳となった。高校生の時に一緒にファミレスで働いていた人と初めて出会った時、その人は23歳だった。自分もその人が居た場所まで辿り着いた。次に同じ感慨を抱くのは29歳になった時だろう。2002年に日本一周した際にその歳の人達が同じように走っていた。面倒くさくて誰からも祝って貰うような事はせず、ただいつもよりバイキングの夕飯の量を増やしたくらいで一人過ごしていた。
06/09/16

20日滞在してしまった。ケアンズは良かった。田舎田舎だと人は言うが、それがたまらない。空を埋め尽くすビルと騒々しい喧騒の都会のシドニーよりはただだだっ広いケアンズの方が好きだ。相変わらず観光せずに、旅の準備と休息に充てていた。せっかくだからグレートバリアリーフの島にでも行けば良かったと思っても後の祭り、明日出発する。
ケアンズ~キャサリン
キュランダの山越えをしてからサバナウェイ、国道から州道に格下げされる1号線を進む。全工程1800km位だろうか?町の規模が乏しいのでナラボー並みに食糧を積んで一気に駆け抜ける予定だ。一部舗装がされてない区間があるので、ダートデビューをする事になるだろう。キャサリンに辿り着けばオーストラリア一周を果たす事になる。不安もあるが、期待も抑えられない。
止まらない自転車
一杯の荷物を積んだ自転車は走り出すとふらつく。でもペダルに力を込めれば安定して進んでいく。最近、頭の中で止まらない自転車を浮かべている。動く時にはそうでありたいと。ちょっとした事で足を止めたくなる。でも熱を持って勢いを持って吹き飛ばしていきたい。スピードメーター紛失、トマトファームの給与が振り込まれない、次々にトラブルが訪れる。東南アジアという新たな局面も迎える。走っていけるかな?走っていかないと。
キャサリンまでインターネットに接続できないだろう。到達したらオーストラリア一周達成の報告をしたい。
2007.08.04
昨日24歳になった。この旅は22歳で始めたから、2つ歳を取った訳だ。海を超えてE-mailから、携帯のメールから、電話がかかって来た子から、そして60’sの皆から、「おめでとう」の言葉を貰った。嬉しかった。
23歳とは違う、24歳には確かな圧力を感じる。自由に生きている為に訪れる将来の不安だろうか?24年間全うして、それでも足りない自分の愚かさだろうか?相変わらず不安定な足元で、歳を重ねてさらに増していく。
24歳の抱負は人生75歳まで生きるとすると、24歳~25歳の間は区切られた3分の1の最後の一年だ。その意識の元に一日一日を充実させて楽しい旅を送りたい。確実に訪れるだろう25歳の圧力をはねかえさせられるといいのだけど。来年の誕生日はカナダあたりだろうか?
