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2012.04.30

【近況】今日、南アフリカにはいる

おはようございます。あと80km で南アフリカ、いまからはしる。明日にはスプリングボックという南アフリカ最初の街について、休息にはいりたい。それではまた。


みどり、みどり、みどり

 キルギスの宿に日本人のカップルがいた。「彼はいつも緑色の衣服を身に着けている。それは彼女の名前がみどりだから」と同じ宿のバッパーに聞いた。街で偶然見かけた彼らは、手を繋いで歩いていて幸せそうだった。自然に笑顔がこぼれていた。「何年も遠距離恋愛をしていて、今回の旅でやっと一緒に入れる時間ができた」というそうで。

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2012.04.28

前に進むためのブログでありたい

 ブログの意義って人それぞれだけれど、自分は前に進むためのブログでありたい。書くことで整理していく。書くことで自分から動く。

 旅を逐一、振り返ったってしょうがない。大切なことだけ拾い集めて記事にする。忘れないように。面白いことしか必要ない。


2012.04.27

【近況】追い風を受けて南下中

 昨日はびゅんびゅんと追い風、今日は可なく不可なくでキートマンスフーブに着いた。230kmの間に街らしい街が無かった。前みたいにコーラ休憩ができない。食事も取るところがないから、昼は作り置きのサンドイッチになった。ケープタウンまでずっと荒野を走るだろうな。しんどいけれど、1000kmは切っているから早く着いて帰りたい。


2012.04.26

メモ 作行会

藤沢と本田は、ホンダの株式及びそれに伴う配当金などから得た莫大な創業者利益を元に、1961年に苦学生への研究助成を行う基金として「財団法人作行会」を設立した。同会が給付する奨学金・助成金に関しては、藤沢が考案した以下の条件があった。

奨学金の用途は問わない(遊びに使おうが、生活費に使おうが自由)。
レポートは必要ない。
将来の進路も自由。
返還の必要はない。
誰が支給しているか知らせてはならない。

作行会は1983年(昭和58年)に解散するが、本田・藤沢の二人が作行会のスポンサーであったことは当時は徹底的に伏せられ、解散記念謝恩会の席で初めて二人がスポンサーであった事実が公開された。この会からの助成金を受け取った研究者の1人に毛利衛がいる。

笑った。

本田宗一郎氏と藤沢武夫氏についてはもっと知りたい。

「ホンダの社長は、技術畑出身であるべき。」という言葉を残している。この方針はホンダにおいて現在まで忠実に守られており、初代の本田から現職の伊東孝紳に至るまで、歴代の社長7名全員が技術畑出身である。

面白いなー。他の企業はどうなのさ。


【近況】一時帰国へ向けて

海辺のスワッコムからずっとダートを走りまくっていた。一昨日ようやく街を発見した。1週間何もなかった。セスリムは観光地だから街ではない。そして昨日ようやく幹線まで戻って来た。疲れたので今日はマリエンタルで休み。

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2012.04.23

最近の世界のニュースから

 全世界大統領選挙の先陣をきったのはロシアではプーチンが圧勝した。アメリカはどうせオバマな気がして特に興味が無いけれど、フランスの情勢からは目を話せない。サルコジと社会党党首のオランド。このオランドが当選するかもしれない。フランスに社会主義が吹き荒れるといった過激だけど、フランス革命を起した国だからね。ギリシア、イタリア、スペインを統べるラテンの雄としてこけていく気がしてならない。ドイツさんが怒るよ。ドイツさん。

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2012.04.22

【近況】ケープタウンから日本に帰るかも

往復120kmやつて砂丘みてきた。明日からまた走る。

ケープタウンから日本に帰るかも。エミレーツのチケットがやすい。大阪だけど。

帰って夏のアラスカに間に合わせるか?帰りたい、帰りたい。


2012.04.21

ベルリンはクマのいる街

...

ベルリンはクマの街。街のいたるところにクマがおいてあるので滞在中は集めていました。この街中にあふれるクマはベルリンの市の紋章にちなむ。

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2012.04.19

一時帰国中に揃えないといけない新装備

 今回の旅が3年を迎えるにあたって装備にいろいろと不具合が生じている。今年は日本に一時帰国する。そして、できたらすぐにアメリカ大陸に渡りたい。一時帰国中に揃えないといけない新装備を忘れないための行程表。

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