706 Johor
昨日国境を越えてマレーシアに入国、国境の街、ジョホールで1泊しようと宿を探していたら、自転車屋のオーナーで親日家のおじさんに捕まる。その彼に親切にして貰っている。
マレーシア、国産車もあるし、めちゃくちゃ高速道路網持っているし、意外に都会で驚いた。2020年、先進国入りの目標は達成できるのではないか?インドネシアの雰囲気とは違って見える。シンガポールに近いこの街だからか?
お、そういえば遂にユーラシア大陸突入したんだ。ひゃっほい。
2007年11月30日
昨日国境を越えてマレーシアに入国、国境の街、ジョホールで1泊しようと宿を探していたら、自転車屋のオーナーで親日家のおじさんに捕まる。その彼に親切にして貰っている。
マレーシア、国産車もあるし、めちゃくちゃ高速道路網持っているし、意外に都会で驚いた。2020年、先進国入りの目標は達成できるのではないか?インドネシアの雰囲気とは違って見える。シンガポールに近いこの街だからか?
お、そういえば遂にユーラシア大陸突入したんだ。ひゃっほい。
2007年11月28日
マーライオンにがっかりしなかった。チャイナタウンをふらついた。
>>朝日新聞
国立図書館で朝日新聞(国際版?)が読めた。久し振りで嬉しくなった。やはりそのクオリティの高さは随を抜いている。その中でも質問にその道の人が答えるみたいなコーナーがあった。
「社内のいざこざで暴力沙汰になって被害を受けた
のですが、労災の認定は出ますか?」
という質問が自分にはこう映った。
「社内のいざこざ(靖国神社の意識調査を巡って)で暴力沙汰(警察に被害届を提出)になって被害を受けたのですが、労災の認定は出ますか?」
目を丸くしてしまった。詳しくはリンク→http://plaza.rakuten.co.jp/machikoMizutani/diary/200510210001/
2007年11月27日
そう言えば北半球に戻って来たんだな。御久し振り。そしてユーラシア大陸に・・と言いたいが、ここはまだ島国。という事でシンガポールに居る。バタムから船で1時間だった。シンガポールは意外にもマレー系と中華系とインド系と1つの国家で3つの側面が見えて面白そうだ。と言う事で昨日はフードコートでインドカレーを食べた。旨かった。
2007年11月25日
Nagoyaはええど、道が広いがね。やっとかめ。と言う事でNagoyaに着いた。シンガポールに近い島、BatamにNagoyaという地名がある。「Saya mau purugi Nagoya」「Nagoya」「Nagoya」と連呼して、それをこっちの地元の人も理解してくれるので愉快だった。この島は整備された道路や、分譲住宅地を見たり、して豊かに見える。街中をちらりと歩いたが、中国系インドネシア人も多いみたいだ。
ばぁちゃんの家
Batamは安宿みつけるのが難しいと聞いた。中心部で聞いても80000rp、自分の予算の倍だ。だが地元の人に聞くと少し離れた所に安宿があるみたい。Losmen Pelita、と言っていた。その1軒をみつけようとするが見つからず、ぐるりと道を周遊したりしてしまう。それもそのはず10軒以上も軒を連ねてそれが宿であるとは気が付かなかった。声をかけられたその1軒に入る。絶対に自分で仕切りを加えた部屋の壁は突っ込めば壊れるコントの壁の様だ。だが、明るい蛍光灯と自転車を入れれる十分なスペースに満足して泊まる事にした。少し値切って1泊22500rp。この宿は今までの最低レベル、建物にしろトイレにしろくたびれている。だが生活の臭いがあるから嫌いではない。ここの管理人はばぁちゃん、小さい頃、夏休みに訪れていたばぁちゃんの家の雰囲気を思い出す。
2007年11月22日
明日の朝、僕は船に乗り?。基本的にインドネシアの物価基準に染まった自分は他の階級の誘惑に負けずに、エコノミークラスを取った。ガイドブックによると難民船の如し。といってもクパン、ラランツーカで経験済みなので何とかなるだろう。1日の航海の後にバタム島へ到着。少し休憩をはさんで、船でシンガポール上陸。シンガポールは物価が高いみたいなので、インターネットが本当に高速なのかを確かめたら、早々に出ようと思う。
時計屋
日本一周から愛用している時計なのだがバックライトを押すと表示が霞む用になった。電池切れが近い。ちょうど一年前のオーストラリアカナーボンでも一回交換を行った。自分でできるとは知らなかったのだが、電池を購入して分解して自分で交換出来た。だから今回も新しく電池を購入した。
その帰り道に露天の時計屋を目にする。修理や電池の交換をして生計を立てているのだろう。ショーケースの中の部品箱を除いてみると小さなバネがある事に気付く。半信半疑だが修理できるかもしれないと思って売って貰った。このバネに似た物を紛失して以来、音が鳴らない時計で1カ月過ごして来た。日本帰還までは仕方ないと諦めていたのだが、電池を交換してバネを入れて蓋をすると音が鳴った。とても嬉しくて、それでいて感動した。
2007年11月21日
インドネシア独立に関して戦った日本人も眠っているらしいカリバタ英雄墓地まで自転車で行ったのだが、服装に厳しく入れなかった。モスクならまだしもと、それでも迂闊だったな。遠くから手を合わせてその場を後にした。
マッチ売り
インドネシアでは何かしら物を売っている人を見かける。本であったり、服であったり様々。そんな中、マッチを手にしたおっさんが歩いて来た。”マッチ売りのおっさん”に噴き出すのを必至でこらえて、すれ違った。
2007年11月20日
毎日必ず大粒の雨が降る。予想と違ってジャカルタは雨季だ。先日ジャカルタ中央にあるモナス(モニュメント塔)に上った。ビルが立ち並ぶ景色は都会。ただ排ガスだろうか視界が悪い。のんびりとジャカルタ滞在中。
2007年11月17日
ジャカルタ滞在中。最初に見つけた監獄みたいなホテルから出所して、ジャランジャクサという安宿街に身を移した。先日、船のチケットを購入。来週金曜日にシンガポール近くの島、バタムまで行く。という事で4カ国目はシンガポール。
シンガポール
Wikipediaを見てかなりの統制国家みたくて驚いた。ミャンマーの民主化という運動はよく聞くのにシンガポールの民主化という話はあまり聞かない。世界の仕組みは難しい物だ。
2007年11月13日
すべての道はジャカルタに。インドネシアの首都ジャカルタに着いた。来るつもりなかったのだけど、ここから船でシンガポール近くの島まで行く。スマトラ島ドゥマイは諦めた。11月末までに辿り着けない訳ではないけれど、急ぎ足で楽しくないだろうと。それにインドネシアはデンパサールしか滞在してないので、もっと街をみてみたいと思って。という事で少しジャカルタにいる。まじですごい。高層ビルにモスクに下町、そこにこれでもかと溢れる人々が織り成す日常。かなり刺激的でたまらない。
2007年11月 9日
Takashimayaみたいな変な名前の街にいる。バンドンまで100km、西部ジャワに入った。一昨日、昨日と快速に進んだのだが、またここで雨が降ったので一日休み。最近、雨が多くてまいる。スマトラ島のアチェ近くでは街に水が氾濫しているのがニュースで流れていたし。雨の中走りたくない。ドゥマイどうなるんだろう。