自転車世界一周という夢を追い続けて – 自転車世界一周チャリダーマン

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150ヶ国 131,214km 自転車世界一周
「チャリダーマン」周藤卓也Webサイト

ブログ

2017.08.05

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自転車世界一周という夢を追い続けて

最近は「2年、3年、2年、1年」と、このように自分の自転車世界一周を説明している。気がつけば、海外で8年以上を過ごしていた。148カ国の訪問と12万9000kmを走破という数字。全部で1000万円以上は使っているだろう。

1999年、15歳の冬に「自転車で世界一周をする」という夢を決めた。高校受験を控えていて、人生で何を一番したいのか考えた結果だった。今いる世界を大きく変えたかった。自らを突き動かしてくれる大きな夢が必要だった。だからこそ、アルバイトのできる高校を選ぶ。「何をするのも自由だけど、とりあえず高校は出ておきなさい」というのが両親の言葉。将来を考えると、高校くらいは卒業しておきたかった。だからといって、大学受験を目指すわけでもない。高校生活のほとんどは、これからの旅への準備となった。通っていた定時制の高校は、時間割を自分で作ることができる。学校では、英語や中国語といった語学関係に力を入れた。登校前の朝に新聞配達をして、投稿後の夜はファミレスと、アルバイトにも精を出す。高校を卒業したら、すぐに自転車で日本一周した。北は北海道から南は沖縄まで47都道府県を、約10ヶ月をかけて約1万5500kmを走った。

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2005年、年末にようやく重い腰を上げる。働かなくなって、随分の時間が経っていたのに、旅立つことができない。人なみに遊んでもない、恋愛もしてない、なのに死んでしまうなんて嫌だった。海外に出るのが怖かった。すっかり殻に閉じこもる。でも、いくら怯えたところで、解決する問題でもない。もし不慮の事態に巻き込まれたら、それまでの人生。旅の危険性を運命に預けることで、ようやく動くことができた。100ヶ国10万kmを目標に掲げた、長い旅がスタートすることになる。

2006年、地元の福岡から東京まで自走していた。2月に成田を発った飛行機は、オーストラリアのシドニーにたどり着く。旅を始める場所は、2つの希望があった。英語圏で安全な場所。初めての海外となるので、危険の少ない国で、旅に必要な英語を身につけたかった。日本が夏ならスタートはアラスカから。ただ、このときの日本は冬だったので、スタートは季節が正反対のオーストラリアとなる。シドニーの街は、ビルも道路も大きくて圧倒された。スーパーで購入するジュースや、お菓子のラベルが英語しかないことに慣れない。右も左も分からない中、少しずつ海外の空気に慣らしていた。

2007年、あれだけびくびくしていたのにも関わらず、オーストラリア滞在には適応していた。ワーキングホリデーで、各地の農場で働きつつ、約19000kmを走ってオーストラリアを一周。北部のダーウィンから2カ国目となる東ティモールに渡る。先進国から途上国へと世界は一変。豚やヤギが街をふらつく。ペットボトルに入れられたガソリン。水しか出ないシャワー。こうした変化に戸惑いつつも、慣れてしまえば気にならない。陸路でインドネシアへ渡り、そのまま東南アジアを周って、香港から日本に帰った。初めてだというのに、2年3ヶ月も海外を旅する。

2008年、またしても弱ってしまって、旅を再開するのが億劫になっていた。旅を辞めたかった。でも、その選択をしたところで、私には何も残らない。泣きながら、自転車を走らせていた。5月に韓国からスタートして、シルクロードを辿ってアジアを横断。そのままヨーロッパを周遊して、アフリカへ突入。西をモロッコからコンゴ共和国まで、東をケニアから南アフリカまでアフリカを縦断。このときは3年も海外を走っている。気が乗らない旅立ちだったが、訪問国が増えるに連れて、轍が伸びるに連れて、自分自身を肯定できるようになった。そして、旅の途中にインターネットメディアで記事を書く仕事も見つける。

2012年、約4ヶ月の一時帰国を経て、カナダのバンクーバーから、新しい旅をスタートさせる。北米、中米、南米とひたすら南下を続けて、521日と2万5698kmをかけて、南アメリカ大陸最南端となるアルゼンチンのウシュアイアに到着。旅の終わりが手の届く場所にがあったので、この旅が1番楽だった。あと少し南米を旅し、その後に訪れたチュニジアが100カ国目。既に10万キロも走破していたので、旅の初めに掲げた目標は、どちらとも達成できた。この時も海外で2年を過ごしている。

2014年、目標を達成したので、終わりにしても良かった。でも、まだ世界を見ていたくて旅を続ける。150カ国訪問という目標を新たに定めた。旅の初めには、想像もつかなかった偉業。旅を止めても、どこにもいけそうにない。だからこそ、もっとこの旅に価値を加えたかった。そんな邪な心はあっても、初めて訪れる国は、新たな発見の連続で、楽しくて仕方ない。ロシアやアイスランド、フィジーやモルディブを旅するなんて思いもしなかった。心残りだったエジプトのピラミッドや、インドのタージ・マハルも見学。残り資金が厳しくなっても、後には引けない。西へ東へ思う存分、世界を動き回っていた。

このような感じで、ずっと旅を続けてきた。この長かった旅も、もう少しで終わりを迎える。

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2015年、とある方の課題で書いた文章。

「出版したい」とかいいつつ、私は文章があまり得意ではない。他人のことをあまり気にかけない人間なので、旅行記なんて向いていなかった。かぎかっこ「」を使った人との掛け合いなんてできないできない。どうしても、自己を総括したくどい文章ができあがる。てへ。

諦めてはいないのだけど、手詰まり感はある。悶々としているので、気晴らしがしたかった。だから、久しぶりにブログを更新してみた。

先が見えずにぐうたらしているのだけど、何もしていなかったんじゃないという言い訳でした。

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プロフィール



周藤 卓也(しゅうとう たくや)
旅人・写真家・ライター。1983年 福岡県生まれ。
2005年より自転車世界一周に挑戦、
2016年に達成。
GIGAZINE等に寄稿するライター業、
講演等を行いながら、
自転車旅行者向けの安宿を立上げるため準備中。

詳細なプロフィールを見る

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