「好みを押し付けてはいけない」というのなら
これほんとにみんな読むべき。 pic.twitter.com/B2AbBmL0a0
— S̤̮ꀎꈤꈤꌩ M̤̮ꀤꃅꂦꀘꂦ (@choco_junkie333) 2015, 12月 30
このツイートが話題となっている。
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「茶髪やピアスなどについては、本人の決定に委ねる以外にない。それが、憲法13条が要請している個人の尊重の精神である」
それなら、そんな学校を作ればいい。
茶髪やピアスの高校生たちが活躍するのであれば、それは社会にとっても有益。こんな投書をするくらいだから、彼にはそれなりの野望があるのだろう。うらやましい。
私とは相反する意見だけど、それが良いという人がいるのなら、そんな学校も見てみたい。もしかしたら、これまでにないタイプの優等生を排出する学校になるかもしれないし。だから不平不満を連ねるだけでなく、行動を起こすことで社会を変えましょう。
茶髪・私服OK★ギャル憧れの高校!?“BLEA女子” – NAVER まとめ
というか、既にあるじゃん。
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プロフィール
・周藤 卓也(しゅうとう たくや)
1983年 福岡県生まれ。
150カ国と13万1214.54kmの自転車世界一周を達成。
次なる夢は福岡でゲストハウスの開業。
WEBライターとしてGIGAZINEで連載
コメント
この記事を読んでなんとなく思った感想を。
あくまで個人のなので,変なこと言ってても適当にスルーしてやってください。迷惑であれば消してもらってもかまいません。
新聞で投稿されている,好みを押しつけてはいけない,という考え方自体は非常に重要な意見だと思います。
ただ,「教員の私的な趣味を~・・・押し付ける」的な表現にはかなり悪意を感じます。
社会とは規則の基に成り立っていて,それは学校というプチ社会でも同じで校則があります。この校則に服装や装飾類の禁止の記載があるのならば,そもそも教員ならびに学生はそれに準じる必要があります。ただし,校則にはその理由など書かれていませんので,噛みついてくる学生に対して教員が適応な理由を付ける,ということではないのでしょうか。別に教員の私的な趣味とかではない,と思います。
一方で,「・・・他人に迷惑を掛けない・・・」という部分がどうにも曖昧すぎて苦笑しました。最後の部分にある程度具体的な憲法の部分を引用していますが,そもそも服装や装飾に関して校則が規定されているのならば,それはヒトに迷惑を掛けないとかの道徳の話じゃなくて,明確に規則の話となります。「赤信号だけど,ヒトが誰もいないから無視してもいいや,誰にも迷惑かけてないよね」,がダメなことと同義です。
学校とは,勉強や社会生活などすべてをひっくるめて教育する場です。その中には規則に従わないと社会には適応できないよ,ということを教えることも含めています。一方で,大多数の意見および正当な理由によって,校則を撤廃・修正することも可能ではあります。なので,サイト主が記述しているように,社会と変えてみる為の行動を起こす,ということも一つの社会勉強となるのではないかと思います。まぁ,良し悪しはあるでしょうが。
つまりまとめると,自分の主張を新聞に投稿する,という行動を起こした彼は大変素晴らしいと思いますし,この主張を通すためには,みんなの行動が必要不可欠だ,ということです。なので,思春期の学生が大人に理不尽に弾圧を受けている~,と感じてストレスを受けるのは個人的にも経験がありますので理解できますが,口先だけであーだこーだ言ってるだけじゃダメなんだよっていうことです。・・・自分で書いてて胸が痛いですね。
文章書くのが下手なのでまとまってないのですが,こんな感じです。それでは。
彼の意見に賛同する大人たちは、高校を作る權利だってあるんだから、社会を変える側に回って欲しいですよね。
批判のその上に、何が出きるか。私もツイートで突っ込まれていたので、頑張ります。
パターナリズムにもとづく保護の是非は考えものですよね
大人も子どもも常に合理的な判断ができるわけじゃないしそこへの助言は必要
ピアス茶髪に関してはそこから悪い道へと進んでいくというつながりがあるのではと思う
極端に言うと日本では刺青をするとなったらヤーさんのお世話にならないといけない
刺青自体は体に悪影響なくても
この負の連関性を茶髪にまで援用していいものかは疑問ではあるが線引が難しいとも思う
>>匿名様
コメントありがとうございます。
社会に出たら生き方なんて自由です。ただ、変わった道を選んだ責任はすべて自分に降りかかります。
高校生の茶髪やピアスにしても同じでしょう。見かけで判断されたくないなら、それなりの努力も必要だと思います。