2007.09.30
来週の火曜日に出発しようと考えている。不安はあるが成る様に成る。
散髪
旅に出て8回目の散髪を行う。床屋に入ってポスターにある坊主頭を探して指でつつく。そして手を頭に刈ってくれと動作をする。それで伝わった。バリカン片手に刈ってくれた。費用は2ドル。暑い所なので坊主が一番、さっぱりしている。
1ドル札
この国の通貨はUSドルである。¢においては50、25、10、5とティモール独自のコインがあるのだが、紙幣はアメリカと同様の物だ。1$から紙幣となるのだが、この1$札のくたびれ様が酷い。パリっとした質感がなく、布の様にしなやかになっている。それもそのはず大衆食堂での1食が1$など、1$紙幣は日常の支払いに欠かせない。日本で例えるなら、100円玉が100円札となって流通している状況で、100円玉を使わない日はないでしょう?加えて、恐らく東ティモール政府に発券能力がないから、くたびれた紙幣も回収できない。人間に例えるなら還暦を過ぎた1$紙幣が今日も何人かの手を渡って取り引きされている。
2007.09.28
インドネシアビザが取れた。でも希望のマックス60日ではなく30日しか貰えなかった。60日なら、スマトラ島のドゥマイという所まで進んでマレーシアに入ろうと考えていたのに。
仕方ない
30日ビザとなって10分位落ち込んだが不可効力で仕方ないと気を切り替える。旅している時には自分ではどうしようもない事が訪れる。エスペランスでは橋が流されて立ち往生したし、雨が降って降って一日動けなかったりする事もあった。今回もそれで仕方ない。自分のミスでもない。それから地図と睨めっこして遊んでいる。
案1、30日でぶっ飛ばす。やれば出来るはず。
案2、ジャカルタまで走り船を乗り継ぎシンガポールへ。
案3、スラバヤからカリマンタンに行き東側からマレーシア入りする。
案1、1日100kmペースで相当走らないといけなそう。それはそれで楽しそうなのだが。案3はカリマンタンのマレーシア部分を横断できるのだが、ブルネイは走れるの?マレー半島に船出てるの?と不安要素が多い。
本命案2、大穴案3、30日のインドネシアはバタバタすると思うから、14日滞在できるディリで態勢と気合を充実してから進む。
2007.09.26
ピザを取るのは簡単なのにビザを取るとそうはいかない。インドネシアビザ待ち、ディリ滞在中。街中で人々がトランプで遊ぶ光景をよく見かける。ポルトガルから伝来してと感心している。違うか。
手と手と
女学生の年齢となるだろうか。同性で手と手が絡み合って歩いているのを見てたまらなく思う。しっかりと握り合うのではなく掛け合う様な具合がいやらしい。で、それに何か意味があるのだろうか。
そこに住む人
オーストラリアと違って太っている人を見かけない。いや、見ていない。肥満は豊かさの象徴だろう。そして、嬉しい事に、背が高くない。オーストラリアからすれば明らかにミニサイズだ。だから小柄な自分でも少し安心して歩ける。寂しくないよ。老人も少ない。20代~40代が多いように見える。
進出
ディリには驚いた事にToyotaがあって、日本人経営らしい日本食レストランもある。オーストラリア資本でワーホリではお世話になったANZ銀行もあり、旅行会社のHeavy Travelもある。でも何より進出しているのは”世界の工場”である中国、華人で、母国から仕入れた品物を売る雑貨店が至る所に散在している。置いてある品物は似たり依ったりでそれ程に店が必要であるのか甚だ疑問なのだが。
ところで日本の総理大臣は誰ですか?
2007.09.24
どうも、2カ国目東ティモールディリに到着している。初めての発展途上国、人の勢いがすさまじい。ごたごたした交通事情、街中でふらつく山羊と豚、立ち並ぶ屋台、めちゃくちゃ面白い。トヨタの販売店やジャパニーズレストランも見たよ。ダーウィンより更に暑くなって、昨日は汗だらだらになっていた。どうりで、こっちの人々の肌は真っ黒な訳で。自分も直にそうなるだろう。なんていったってジャカルタくらいまで並行移動するのだから。orz。週が開けたらインドネシアビザの申請。安全そうなら西ティモールケパンまでチャリ旅スタート。
2007.09.22
Im in Dili in the east timor, too hot place
2007.09.16

キャラバンパークでも街中でも、首を上げたとかげがごそごそと這っていて非常に愉快だ。
デリー
オーストラリアに来て指摘されて、初めて気付いたが自分はTiの発音が出来ない。準じてDiも難しい。東ティモールのディリに飛びたいのに、危うくインドに行ってしまう所だった。
2007.09.14

さっき航空チケット取った。9月21日金曜日、ダーウィン~東ティモールディリに行く。うはーっ、めちゃくちゃ不安&興奮。事が進む様に祈るばかりだ。来週中に第2カ国目突入予定。
2007.09.12

アラフラ海に沈む夕日。ダーウィンに着いた日にオーストラリアの旅の終わりの場所を探して撮った。そしてその海を越えていく。
2007.09.11
十中八九、東ティモールに飛びそう。すぐにインドネシアのビザを取って、陸路でインドネシアの国境まで移動。
ダーウィンと台湾
ここダーウィンには英語の出来ないワーホリの台湾人がたくさんいる。なぜだと首をかしげていたが、一人の台湾人が教えてくれた。台湾からジェットスターでシンガポールに移動して、そこからタイガージェットでダーウィンに降り立つルートが一番安いらしい。2社とも有名な格安航空会社。その便で来る台湾人はダーウィンが初めてのオーストラリアになる。その最もな説明に納得した。それでいて面白かった。
2007.09.10

ネタなんか作っている場合じゃないな。インドネシアのビザについて予備知識がなかった。領事館に行ってきたがよく分からん。日本からの往復ならビザ要らないらしいけれど。第三国から経由だと必要らしい?東ティモールなら、空港でビザが取れるらしいけれど。
ネタ
どうもどうもTakuyaと旅しているキャリアです。日東キャンピーです。ちなみにフロントで、リアの野郎は丈夫なんだな。何故か。この前、ケアンズからノーザンテリトリーに走った際にオフロードを走らされてボキボキに折れました。キャサリンでアーレンキーを支えに針か金でぐるぐる巻きにされて。ああこうすれば骨は自然に・・・・くっつかねェ。絶対くっつかねぇ。溶接だよ。溶接。というかリッチフィールドでもオフロード走りやがって。あの野郎「こけなかった」と喜んでいるし馬鹿野郎。あぁもう。
2007.09.09
昨日Darwinに着いた。これ以上この国を走る事はない。オーストラリア終了に感無量。街中の公園で変な鳥が歩く、トカゲが這う、明らかに湿気を含んだ重い空気が風に流れる。そして何処よりも強い日差しの中で輝く海は美しく。ここDarwinは今までにないオーストラリアで愉快だ。日曜はどこもCloseなので明日月曜日から、出国という一大イベントに向けて動き出す。
2007.09.07
人と話していると、改めて自分は知識を貯め込むのが好きな人間だと気付く。旅の合間でも電子辞書の広辞苑をのぞいては悦に浸り、もし常時インターネットに接続できるのであれば、朝がまた訪れるまでWikipedia(オンライン百科事典)を眺めているだろう。あぁ、生まれ変わるなら広辞苑になりたい。
いつからか全てを知りたいと願うようになった。でも決して届かない事も理解している。だけど少しでもそこに近づきたい。知識は考える材料で壊して、組み立て、かき混ぜ、練り固め、頭の中で繰り広げられる粘土遊びの様な世界。死ぬまでにどれだけ、どこまで分かるようになれるだろうか。
2007.09.04

ワイン、テーブルとグレープのピッキングを行った。鋏を使いながら巧みに動く作業はカリスマ美容師のようだ。とはいっても、そんなのは気分だけで実力は伴っていない。添えた左手の指にはことごとく傷ができていった。「親指、人差し指、中指、薬指、後一本でパーフェクト」と遊んでいた。切った傷口からは赤い血が広く流れる、その慣れない光景にはいつも慌ててしまう。指に傷が残る。なぞるとざらりと違和感が残るような、その傷はいつしか消えてしまう。再生を繰り返す命の力に、薄くなっていく傷跡が不思議で愛しかった。